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2018年度の司法試験刑法論文式問題へのコメント

JUGEMテーマ:学問・学校

 今年の司法試験論文式の刑法(刑事法第1問)では、出題形式に変化があった。従来の事例について甲・乙・丙等の罪責を問うという形でなく、事例を小問で区切り、結論を示したうえで、その理論構成を問うという形式が用いられた。その狙いとしては、〃誅世鬚△蕕じめ示すことで、的外れな答案の出現を防ぎ、採点上の困難を削減するとともに、⇒論構成に重点を置いた学習を促すといったものが考えられる。

 

 なお、出題については、法務省の以下のサイトを参照されたい。

http://www.moj.go.jp/content/001258874.pdf

 

 この形式が次年度以降も続くか否かは、今年度の問題についての答案の出来や関係者の評価を踏まえて判断されよう。

 

 以下、設問順に解説する。

 

〔設問1〕【事例1】における乙の罪責(ただし、業務妨害罪及び特別法違反の点は除く。)。また、乙には,公益を図る目的はなかったものとする。

 

1 乙には,公益を図る目的はなかったものとする。」とされていることから、これは刑法230条の21項にいう「公益を図る目的」を意味していると考えられるので、この設問は名誉棄損罪(刑法2301項)の成否を検討せよというピンポイントの出題であることがわかる(もっとも、刑法230条の21項は「その目的が専ら公益を図ることにあった」と定めているが、一般には、「公益を図る目的」は「専ら」である必要はないと解されており、かつ、客観的には公益にかなう事実適示が「不純な動機・目的」のゆえに犯罪となるというのは過度の主観主義であると思われる。むしろ、行為の持つ客観的な傾向が公益に適うものであり、行為者がそれを認識していたのであれば、「公益を図る目的」は認められるべきであろう。ゆえに、本問でも、教員が誤解に基づいて――もちろん、そうでなくても――生徒に体罰を加えたという事実につき校長に調査を求めることは「公益を図る目的」によるものとみなしてもよいと思われる)。

2 PTA会長である乙は、「丙が甲に暴力を振るったことをA高校のPTA役員会で問題にし,そのことを多くの人に広めようと考え……PTA役員会を招集した上,同役員会において,「2年生の数学を担当する教員がうちの子の顔を殴った。徹底的に調査すべきである。」と発言した」ところ、「同役員会の出席者は,乙を含む保護者4名とA高校の校長」だけであったが、「A高校2年生の数学を担当する教員は,丙だけであった」上、「前記PTA役員会での乙の発言を受けて,A高校の校長が丙やその他の教員に対する聞き取り調査を行った結果,A高校の教員25名全員に丙が甲に暴力を振るったとの話が広まった」ことにより、その社会的評価を低下させられた。

 この乙の発言が「公然と事実を適示し」、「人の名誉を毀損した」ことに当たれば、一応、乙には丙を被害者とする名誉既存罪が成立すると考えられる。なぜなら、乙に公益を図る目的がなかった以上、刑法230条の2の適用の余地はないと考えられるからである(丙が公立学校の教員であれば、刑法230条の23項により、すぐさま「事実の真否を判断」することになるので、乙の動機・目的は問題にする必要はないが、丙は私立高校の教員なので、この条項は適用されない)。

 もっとも、230条の2は名誉棄損行為に典型的な違法性阻却事由を例示列挙しただけであって、それ以外にも刑法35条の「正当行為」に当たるような場合はありうるという考え方に立てば、別に違法性の判断が必要かもしれないが。

3 まず、「2年生の数学を担当する教員」だけで、「人」に必要な特定性を有するかが問題。もっとも、本問では、「A高校2年生の数学を担当する教員は,丙だけであった」ので、校長や保護者4名には、これで十分に特定性があると考えられる。

4 次に出席者は,乙を含む保護者4名とA高校の校長」だけの役員会での発言が「公然性」を有するか否かが問題となる。しかし、乙は「徹底的に調査すべきである。」と発言しており、それを校長に聞かせているのであるから、「校長が丙やその他の教員に対する聞き取り調査を行った結果、A高校の教員25名全員に丙が甲に暴力を振るったとの話が広まった」ことは、乙が当然予想し――丙に個人的な恨みを抱いていたことから――期待していたと考えられる。

5 ゆえに、このように多数の人間に伝播することを予想し期待しつつ、「丙が甲に暴力を振るった」という人の社会的評価を下げる事実を適示することは、名誉棄損罪の構成要件に該当し、よって乙には同罪が成立するものと考えられる。

 

 

〔設問2〕は厄介である。ここでは、甲の罪責について、以下の二つの結論を説明できる理論構成が問われている。

不作為による殺人未遂罪が成立するとの立場からは,どのような説明が考えられるか。

保護責任者遺棄等罪(同致傷罪を含む。)にとどまるとの立場からは,不作為による殺人未遂罪が成立するとの立場に対し,どのような反論が考えられるか。

 

1 出題形式とその狙いは面白いが、厄介なのは、【事例2】の6から9までの事実の中には、そのどこにも、甲が乙に死亡の危険があることを認識していたという記述がないということである。たしかに、「乙の怪我の程度は重傷であり,乙が意識を失ったまま崖下に放置されれば,その怪我により乙が死亡する危険があった」という記述はあるが、それは甲が立ち去った後に乙が転落して重傷を負ったことによる危険であり、かつ、甲は、「崖下の岩場に乙が転落する危険があることを認識していた」とは書いてあるが、それにより乙が死ぬかもしれないと思ったとはどこにも書いていないのである。

 ゆえに、被害者が死亡する危険の認識がない者に殺人未遂を認めることなど、はなからできない。それにもかかわらず、(1)では「不作為による殺人未遂罪が成立するとの立場」に立って論述せよというのだから、本問は厄介なのである。

2 無理に要望に合わせるなら、解答者は、「甲は『崖下の岩場に乙が転落する危険があることを認識していた』のであり、そこから、甲には、岩場に頭を打ち付ければ乙が致命傷を受けるかもしれないという程度の認識・予見はあったものと考えられる」と一言書いて、あとは、「息子である甲には、他者によって救助される可能性がなく、また、自分が容易に助けられる乙の死亡を回避するため、乙を病院に運ぶなどの作為義務があったのに、乙の死亡の可能性を認識しながら死んでも構わないと思って救助を怠り、その結果、危うく乙は死ぬところだったのだから、甲には不作為による殺人未遂罪が成立する。」と結論付けるしかないであろう。

3 これに対して、(2)では、「保護責任者遺棄等罪(同致傷罪を含む。)にとどまるとの立場から」論述せよという。しかし、ここで「被害者が死亡する危険の認識がない者に殺人未遂を認めることなどできないのは当然であるから、保護責任者遺棄等罪(不保護罪と考えてよいであろう。)にとどまるのは当たり前だ。」と書いてしまっては、話が続かない。ゆえに、ここでも、甲には「岩場に頭を打ち付ければ乙が致命傷を受けるかもしれないという程度の認識・予見はあったものと考えられる」と一言書いて進むしかない。

 そのうえで、不作為による殺人(未遂)罪と不保護(致死傷)罪との区別基準を展開して、本問では後者にとどまるという結論を出さなければならないのである。ここでは、〆邂抖遡海覆い靴修琉稟燭猟度で両罪を区別するか、あるいは、◆峪Π奸廚陵無で両罪を区別するかといった選択肢がある。しかし、本問では、作為義務の内容で両罪を分けることはできない。父親を助けるためにやることは同じだからである。

4 したがって、不作為の殺人罪に必要な「殺意」は、放置すれば被害者が死亡する単なる可能性の認識では足りず、意図ないし確定的な認識(あるいはそれに近い認識)を要すると考える立場から論じるほうが簡単であろう。なぜなら、「不保護罪」は「生存に必要な保護をしない」という不作為とその故意を要する犯罪であり、かつ、「生存に必要な保護をしない」ことの故意は「保護責任者である自分が保護を要する被害者に対して生存に必要な保護をしていない」という認識を必要とし、さらに「生存に必要な保護」は生命に危険がないときには不要なものだからである(これに関しては、最判平成30319裁時16963頁が「刑法218条の不保護による保護責任者遺棄罪の実行行為は,同条の文言及び趣旨からすると,『老年者,幼年者,身体障害者又は病者』につきその生存のために特定の保護行為を必要とする状況(要保護状況)が存在することを前提として,その者の『生存に必要な保護』行為として行うことが刑法上期待される特定の行為をしなかったことを意味する。」と述べて、被告人に同罪の故意を否定していることが注目される。つまり、「その生存のために特定の保護行為を必要とする状況」が存在することを認識していない者には、たとえば被害者が死ぬ危険はないと思ってる者には、同罪の故意は認められない)。ここで、単なる死亡の可能性の認識で不作為の殺人罪を認めてしまうのであれば、刑法がわざわざ不保護罪を設けた意味がない。

 

〔設問3〕は事例を置き換えて、重傷を負った乙が死んでも構わないと思いつつ,乙と誤認した丁の救助を一切行うことなく,その場からバイクで走り去った甲の罪責につき、不作為による殺人未遂罪が成立することを前提として、その理論構成を問うものである。

 

1 解決方法は3つある。一番推奨されるのは、本問を不作為未遂における客体の錯誤(=客体の不能)の問題と捉え、甲と同じ立場に置かれた一般人でも丁を乙と間違える可能性が高いがゆえに、甲の不作為は父親である乙の死亡をもたらす(厳密にいえば、怠られた甲の作為が乙の死亡を回避する)可能性があったとして、具体的危険説の考え方から、甲に不作為による殺人未遂罪を認めるという方法である。

2 次は、本問を主体の不能と捉える方法である。目前にいる丁との関係では、甲は彼を救助すべき保障人の地位に立たないが、甲は丁を乙と誤認したがゆえに、結局は自分を相手に対する保障人だと誤認したと考えるのである。これは、真正身分犯における身分のない者による身分の誤想と同じ発想である。そのうえで、主体の不能では、そもそも規範は非身分者には向けられていないので未遂は成立し得ない(=「幻覚犯」の一種)とする多数説の見解を、「構成要件の要素としては客体の不能と同じではないか」と批判し、一般人でも甲を保障人だと誤信する可能性が高い状況であれば、結局は「保障人である甲の不作為によって乙が死亡する危険があった」として殺人未遂罪を認めるのである。

 ただ、この考え方は、すでに述べたように、通説は主体の不能については「幻覚犯」の一種とみるので、あまり推奨しない。

3 最後に、「同駐車場には,丁以外にも負傷した乙が倒れており,……丁を救助するために丁に近づけば,容易に乙を発見することができた」ことから、具体的危険説ではなく客観的危険説によって(も)、「甲は乙を発見してこれを救助することにより、乙の死亡の危険を回避する可能性があったのに、『甲が死んでも構わない』という殺人の故意によりこの可能性を放棄して、乙の死亡の危険を高めた。」と述べて、不作為による殺人未遂罪を認める方法が考えられる。

 もっとも、この考え方に対しては、これはたまたま乙が付近にいたから可能な方法であるがゆえに、乙がずっと離れた場所で倒れていたときには結論が異なることになり、かつ、それは不合理である、とする批判が考えられる。

 

 冒頭に述べたように、次年度以降、この出題形式が続くかどうかは、この出題がどのように総括されるかによる。筆者は、この出題形式自体は面白いし、意味がるように思う。もっとも、総括の際に、事例の設定に若干の無理がある点などの枝葉末節に囚われて消極的な評価をしないことが肝要であろう。

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