JUGEMテーマ:学問・学校 「令和5年司法試験の採点実感(刑事系科目第1問)」(chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.moj.go.jp/content/001408693.pdf)を見て仰天。詐欺を共謀しておぜん立てを整えたところ、被害者宅に行った実行犯が強盗に豹変したという事例について、詐欺しか考えていなかった共犯者の罪責を、「詐欺罪と強盗罪とにまたがる共犯の錯誤」として処理するのではなくて、「共謀の射程」で書けと言っている。
しかし、「共謀の射程」は、抽象的には構成要件の重なり合いが認められる場合に、具体的に見て、実際の犯行が当初の共謀に基づくものとは認められないときに初めて意義を有するものであって、端から構成要件が重ならない(というより強盗の故意のない)場合には、論じるまでもなく強盗の共犯は成立しない。
抽象的レベルでの錯誤と具体的レベルでの「共謀の射程」との関係は、教唆犯の例であるが、最判昭和25・7・11刑集4巻7号1261頁が、抽象的には窃盗と強盗は窃盗の限度で重なり合うとしつつ、具体的事案では現実の強盗は実行犯らが決意を新たにして敢行したものだとして、窃盗教唆を否定している点が参考になる。
この点で、この「採点実感」には、優秀答案に低い評価をしているのではないかと不安を覚える。強盗罪の故意のない関与者には、強盗罪の共同正犯その他の共犯が成立することはあり得ない。
むしろ問題は、詐欺の共謀しかしていない人物に、結局は財物が得られたのだからという理由で詐欺既遂を認めてよいかにある。というのも、学説には、「財物を交付させた」という「交付罪」も「奪取罪」だと位置づけるものが、しかも私が学生時代からあるので。しかし、瑕疵ある意思で交付させることと、意に反して占有を奪うこと(=奪取)は、本来、排他的関係にある。だから、「交付させる」つもりであった人物に「奪取した」結果を帰属させることはできない相談だ。
仮に「共謀の射程」に触れるとすれば、抽象的レベルでは実際には「奪取」でも「交付」と同じだと論じつつ、でも、この事例の具体的な「共謀」では「奪取」は想定外であったとして、「共謀の射程」から外れるから背後者は詐欺既遂の罪責を負わないと述べる場合である。もちろん、詐欺未遂を認めている場合には、その限度では罪責を負う。
さらにこの「採点実感」で問題なのは、本問は「承継的共犯」の事例であることを解説していないことだ。詐欺罪は、もともと個々の被害者に対して個別的に成立するのだから、いくらこれまでに同じ手口で犯行を重ねてきた仲間だとしても、具体的な被害者との関係で詐欺の共謀がいつ成立したかを検討しなければならない。それは、この問題では、すでに甲が被害者に嘘を述べ始めた後である。だから、乙と丙はこの甲の欺罔を文字通り承継してさらに嘘を重ね、被害者から財物を騙し取る予定だったのだ。これを「承継的共犯」と言わずして何が「承継的共犯」なのか?
最後に、その場合、強盗の実行犯には、すでに成立した詐欺未遂との罪数処理が問われることになる。その解説も、この「採点実感」にはないねえ。もちろん、同一の被害者に対する同一の財物を狙った犯行だから、詐欺未遂は強盗既遂に包括されると考えてよいと思うけれども。
ついでに、強盗を働いた乙には住居侵入罪も成立するが、訪問型特殊詐欺では住居侵入まで認めた裁判例を見たことがない。おそらく、訪問の態様が平穏に終われば、住居侵入なんか考えないのが実務感覚なのだと思う。しかし、そうすると、乙には住居侵入罪を認めつつ、詐欺のことしか頭にない甲には同罪を認めないという論理展開が要求される。この結論は妥当だと思うが、「出題の趣旨」も「採点実感」も、この点には全く触れていないね。